新規開業医のための保険診療の要点(総論)
[4] カルテ(電子カルテ含む)
診療報酬請求の根拠は、診療録(カルテ)にあります。
I 診療録(カルテ)とは
診療録(カルテ)は、診療経過の記録であると同時に、診療報酬請求の根拠でもあります。診療事実に基づいて必要事項を適切に記載していなければ、不正請求の疑いを招くおそれがあります。
診療録(カルテ)の内容と診療報酬明細書の請求内容は、一致していなければなりません。個別指導等において、指導の対象となります。
II 診療録(カルテ)に関する規定
診療録(カルテ)記載について記されている法律、省令は、医師法や医師法施行規則、療養担当規則であり条文は次のURL に記載があります。
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=80001000
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=84035000
本書「[1] 保険診療とは(医療保険各法やルールについて)」もご参照ください。
1 医師法第24条第1項
「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。」
2 療養担当規則第22条
「保険医は、患者の診療を行った場合には、遅滞なく、様式第一号又はこれに準ずる様式の診療録に当該診療に関し必要な事項を記載しなければならない。」
3 療養担当規則第8条
「保険医療機関は、第22条の規定による診療録に療養の給付の担当に関し必要な事項を記載し、これを他の診療録と区別して整理しなくてはならない。」
4 療養担当規則第9条
「保険医療機関は、療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録をその完結日から3年間保存しなければならない。ただし、患者の診療録にあっては、その完結日から5年間とする。」
※また、医師法施行規則23条には記載事項として以下の事項が記されている。
- 診療を受けた者の住所、氏名、性別及び年齢
- 病名及び主要症状
- 治療方法(処方及び処置)
- 診療の年月日
III 診療録(カルテ)の欄の記載義務について
1 受給資格、被保険者番号欄
- 被保険者番号等は必ず該当欄に記載のこと。被保険者証のコピーのみを貼付してあるのをよく見かけますが、コピーはあくまで参考であることにご注意ください。
- 受給資格は、本来、診療ごとに確認すべきですが、少なくとも月1回は確認し、変更があれば速やかに訂正してください。
2 傷病名欄
- 傷病名欄には、日本で採用されている疾病分類(診療科別標準傷病名集、ICD10等)に基づき主病、兼症、併発症すべてを記載してください。診断が確定しない場合は、疑い病名や症状名でもやむを得ませんが、診断が確定次第、病名を整理しなければなりません。
医師以外の職員が傷病名を診断しカルテ等に記載することは不適切です。 - 疾病の開始日は実際の診断を行った日を記載してください。症状・所見等欄には診断根拠を記載してください。
- 診療が終了した場合、転帰欄に治癒、死亡、中止(転医)等いずれかを記載し、終了日を記入してください。この欄は適宜整理し、おろそかにしないでください。(初診料算定時に影響します)。また、終了した病名は転帰欄で処理し、病名欄の病名を削除、抹消したりしないでください(病名そのものが存在しなかったことになってしまいます)。
また、長期にわたり急性病名がそのままとなっていることや、複数の主病名が適切であるかなどについても注意して整理することが必要です。 カルテ記載の問題:必要事項の欠落(既往歴、家族歴、現病歴、症状・所見、治療計画、経過)、do の多用等 - 実施された診療行為の査定を逃れるために実態のない架空の傷病名(いわゆる「レセプト病名」)を傷病名欄に記載することは極めて不適切です。
3 症状・所見欄
- 基本的に医師が記載しなければなりません。代筆はやむを得ない事情(手を負傷している等)、あるいは基準を満たした医療機関では認められますが、代筆者のサインまたは押印等、代筆であることを添えて記載することが望ましいとされています。
- 多忙な場合でも記載は必ず行ってください。「忙しい」は書かない理由にはなりません。
- この欄は請求内容と密接にかかわっているので重要です。前述のとおり診療上必要なこと、請求上の要件はすべて書かれていなければなりません。
<< 請求上の要件 >>
患者の主訴 他覚所見 検査・画像の計画指示 実施内容 検査・画像の結果判定
診断根拠 治療計画 治療内容(投薬、注射、リハビリ、処置、手術等) 指示事項
治療効果の判定 見直し等 患者への説明 患者の理解度等 その他 文書発行
他院紹介の内容等 診療報酬請求上の算定要件となる記載事項等 - 「 慢性疾患で何も特記事項がない」とよく言われる先生がいらっしゃいますが、診療する以上はその診療内容があるわけで、それについて記載してください。「書くことがない」ということはないと思われます。それでも何もないというのであれば「本来、診療の必要性があるのか?」と問われた場合、その回答ができないこととなり、「診療の必要はない患者がきてしまう」となってしまいます。それは診療録の記載以前の問題で保険診療として認められるのかとの問題となってしまいます。
- 複数の医師が診療に当たるときは診療の責任の所在を明確にするために担当医師のサインまたは記名押印を行わなければなりません。
- カルテ開示等他の目を意識するあまり、事実を歪曲して記載したりすることはあってはなりません。(不実記載ということになり不正請求に直結するだけでなく、社会問題に発展する場合もあります。)
- 診療報酬の根拠はカルテです。カルテに記載のないことが診療報酬請求されていると、不当請求、あるいは不正請求となる可能性があるので、よくよく注意してください。(レセプト点検の際、カルテを傍らに置いて確認しながら行うなど。)
- 処方、処置はdo でも構いませんが、何の(どこの処方等の)do なのかわかるようにしておいてください。また、薬剤は規格単位、服用時点、外用薬もその使用法まで記載する必要があります。
- 処置等はその範囲を図で示すとわかりやすいですが、第三者がみて範囲がわかるようにしておいてください。
IV 診療録(カルテ)記載の注意事項
1 診療毎の症状・所見の記載
療養担当規則第12条では診療の一般的な方針が定められています。初診を含んだ診療後は、患者から聞き取った内容、つまり患者の主訴、現病歴、既往歴、家族歴や当日の診断及びその根拠となった症状、それに伴う医師の所見を診療録に記載する必要があります。
傷病名欄、診療開始日、終了日、転帰欄は必ず医師が記載してください。
2 検査・画像診断の記載
検査・画像診断等は的確な診断の根拠となりますので、その必要性や結果そして結果に基づく評価を記載してください。「検査実施」と記載があるだけで、検査結果だけが診療録に貼り付けられてあるものが見られますが、適切なカルテ記載がない場合は、本来必要な検査であったとしても「健康診断的検査を保険診療で行ったのではないか・・・」と第三者に思われてしまう危険性があります。検査実施の際は、その必要性や結果に対する評価が診療録で確認できるようにしてください。検査は、患者さんの状況に応じた検査を、段階を踏んで必要最小限に行ってください。以下、検査等の記載に係る注意等となります。
- 検査を行う根拠、結果、評価をカルテに記載する。
- 算定要件が規定されている検査項目に注意する。
- 個々の患者の状況に応じて検査項目を選択し、段階を踏んで必要最小限の回数で行う。
- いわゆる「セット検査」は問題となりやすい。
- 結果が治療に反映されない検査は研究的・健康診断的とみなされ算定は認められない場合が多い。
3 投薬、注射の記載
投薬では、適応外や用法外の投与、禁忌とされる薬剤の使用、効果判定が無く長期に漫然と処方するなどの例が見られますが、投薬は、薬事法で定められた医薬品医療機器等法承認事項(効能・効果、用法・用量、禁忌等)の範囲内で使用した場合に保険適応となります。また、患者を診察せず投薬、注射、処方することは、療養担当規則や医師法にも抵触する不適切な行為です。(無診察投薬の禁止)
経口薬と注射では、経口投与が可能な場合は、経口投与を第一選択とします。
4 医学管理等、在宅療養指導管理料の記載
医学管理、在宅療養指導管理料はドクターフィーと呼ばれる目に見えない医師の「技術」に対する評価です。
具体的な算定要件が定められており、患者さんへの療養上の指導、指示、医学的管理を適切に行なった上で、算定要件として定められた指導内容の要点等をカルテに必ず記載することが求められています。カルテに指導内容の記載が無いにも関わらず、病名などから事務担当者が自動算定してしまった例などがありますが、医師自身が算定する旨を指示し、医事課部門や事務担当者のみの判断で一律請求を行わないようにしてください。
5 特定疾患療養管理料の記載
特定疾患療養管理料の算定要件には、厚生労働大臣が定めた疾患(悪性新生物、糖尿病、高血圧性疾患、高脂血症、胃潰瘍等)を主病とする患者さんに対して、治療計画的に基づき、「服薬」「運動」「栄養」等の療養上の管理を行った場合に算定が可能です(許可病床数が200床以上の病院では算定不可)。対象となる病名がついているから自動的に算定できる訳ではありません。また、算定要件としては、主病に対する管理内容の要点をカルテに記載することが求められますが、記載内容も指導した要点を記載していただき、画一的にならないようお願いします。指導時の指摘事項では毎回同じ指導内容が記載されている、主病に対して療養上の管理が行われていないものに算定されているなどがあります。
6 診療録の「記載が不十分な例」「良い例」
これは高血圧症で通院中の患者さんに医師が指導した例ですが、特定疾患療養管理というスタンプが押されたり文字が書かれているだけで、具体的内容がカルテに記載され単に「特定疾患療養管理」とあるだけで、指導の具体性に欠ける記載ていません。これでは算定要件を満たさず請求ができません。
記載内容が不足している例です。経過等の記載欄に「N.P」のみの記載や「薬のみ」という記載では、診療内容に関する記載としては不十分です。特に「薬のみ」の場合は無診察診療が疑われてしまいます。
これはカルテ記載の手法の一つである問題指向型医療記録です。いわゆるS、O、A、Pの手法を用いた良いカルテの記載例です。
S[Subject]⇒主観的な情報、患者や家族の訴えや病歴等のこと。
O[Object]⇒客観的な情報、医師の診察所見や検査所見のこと。
A[Assessment]⇒入手した客観的な事実に対する医師の評価や分析のこと。
P[Plan]⇒客観的な情報に基づいた治療方針
患者さんに確認した情報(S)があり、(O)は客観的な情報が記載されています。
(A)と(P)には、「高血圧」「狭心症」については、今後の治療計画と指示内容が記載されています。「特定疾患療養管理料」の算定要件も満たしています。最後には、診療した医師の署名があり、診療に対する責任の所在も確認できます。
V 電子カルテ
1 医療情報システム(電子カルテ等) に関する留意点
「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第5.1 版」(令和3年1月)が厚生労働省から公表されているので、医療情報を扱う際にはこれに十分留意しなければなりません。ガイドラインに定められている留意事項等は以下のとおりとなります。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275.html
- システム管理者及び監査責任者等を定め、個人情報保護及び情報セキュリティ等に留意した、運用管理規定を定めること。
- 診療録等の真正性、見読性、保存性を確保すること。
真正性:改変又は消去及びその内容を確認できる。記録の責任の所在が明らか。
見読性:記録事項を直ちに明瞭かつ整然と機器に表示し、書面を作成できる。
保存性:記録事項を保存すべき期間中、復元可能な状態で保存する。 - 個人情報が入力、参照又は保存されている端末や情報媒体等の盗難や紛失防止も含めた物理的な保護及び措置並びに盗難、覗き見等の防止を行うこと。また、同端末等の設置場所の入退管理等を行うこと。
- 利用者が個人情報を入力・参照できる端末から⾧時間離席する際にクリアスクリーン等の対策を実施すること。
- 令和9年度時点で稼働していることが想定される医療情報システムを、今後新規導入又は更新に際しては、二要素認証を採用するシステムの導入、又はこれに相当する対応を行うこと。
(二要素認証とは、IDとパスワード以外にもう一つの要素を認証に用いること。) - 類推されやすいパスワードを使用しないこと。また、類似のパスワードを繰り返し使用しないため、更新履歴を保存し、必要に応じて更新前と更新後の内容を照らし合わせることができるようにすること。なお、類推されやすいパスワードには、利用者の氏名や生年月日、辞書に記載されている単語等が含まれるものがある。そして、それらを記したメモを端末に掲示したり、医師がそれらを看護師に伝達し、食事、臨時処方等のオーダーを代行入力等させないこと。
<<パスワード要件>>
以下のいずれかを要件とすること。a 英数字、記号を混在させた13文字以上の推定困難な文字列b 英数字、記号を混在させた8文字以上の推定困難な文字列を定期的に変更させる(最長でも2ヶ月以内)c 二要素以上の認証の場合、英数字、記号を混在させた8文字以上の推定困難な文字列。ただし他の認証要素として必要な電子証明書等の使用にPIN等が設定されている場合には、この限りではない。 - 長時間離席する際に、正当な利用者以外の者による入力のおそれがある場合には、クリアスクリーン等の対策を実施。