開業医のための保険診療の要点(II. 診療科別の基礎知識)
[2] 精神科
精神科専門療法においては、精神科特有の精神療法、薬物療法、身体療法があり、また後述する自立支援医療をはじめ、公費負担医療などの支援制度を希望される方が多く来院されると思います。制度により、申請から指定を受けるまでに日数がかかるものもありますので、診療を開始するまでに準備しておくことが必要です。
事前に関連する法令をしっかりと確認しましょう。
1 各種法令における留意事項
(1) 自立支援医療制度
精神疾患のため通院による継続的な治療を受ける場合の負担軽減を図るため、精神科では自立支援医療制度があります。通常医療保険だけでは3割負担が基本となりますが、自立支援医療制度を利用することにより原則1割負担となり、所得によって6段階の負担上限月額が適用されますので、患者の医療費負担を軽減することができます。なお東京都においては、他県とは違って無料支援になる場合もありますことをご承知おきください。
患者が自立支援医療を受けるためには、患者の住所地を管轄する区市町村へ申請が必要となりますので、受診後に継続的な通院が必要と判断される場合には、制度の案内を実施し、申請を希望される患者には診断書を作成してください。申請書類や診断書は区市町村の窓口で患者が入手可能です。
自立支援医療を提供するためには自立支援医療機関としての指定を受ける必要がありますので、都道府県へ申請を行ってください。この場合、処方を受ける調剤薬局も決定することが必要です。
(2) 精神障害者保健福祉手帳制度
精神障害を持つ方が、一定の障害にあることを証明するものです。特に医療機関の診療では使用しませんが、手帳を取得することにより、様々な税金の減額や免除、さらに都電・都営バス・都営地下鉄等が無料で乗車できます。こちらも自立支援医療制度と同様に、患者の住所地を管轄する区市町村へ申請が必要となりますので、該当する場合は診断書を作成してください。
自立支援医療制度及び精神障害者保健福祉手帳制度を同時に申請・更新をする場合には、診断書の作成は手帳用の診断書のみ作成し、同時申請とすることにより1枚で行えます。ただし、自立支援医療制度は通院の初日から申請は可能ですが、精神障害者保健福祉手帳制度については、精神科に初めて受診してから6か月間の治療経過の必要がありますので、初回申請の時期にはご注意ください。
申請後、自立支援医療制度は毎年、精神障害者保健福祉手帳制度は2年に1回の更新手続きが必要となります。自立支援医療制度は毎年更新が必要ですが、診断書は2年に1回のみ必要となりますので、継続同時申請をする場合は2年に1回、手帳用の診断書のみの作成となります。
また、後述する障害基礎年金を受給している場合には、年金証書で手帳の更新は可能となりますので、自立支援の診断書の作成となります。
(3) 障害基礎年金
精神障害の等級が2級以上の場合には障害基礎年金の申請ができますが、手帳の有無に関わらず申請は可能です。申請は、年金の支払い状況などの条件を満たした方で、20歳を超え、精神科に初めて受診してから1年6か月が経過している必要があります。初回の申請は同様に、患者の住所地を管轄する区市町村へ申請となりますが、申請時必要書類や受給条件は患者によって異なりますので、まずは役所へ相談のご案内のみをしていただき、申請可能な場合は規定書式で診断書の作成をしてください。
受給後の更新は障害の程度や内容により時期が異なります。更新の際には患者へ更新の書類が年金事務所より患者宅に郵送で届きますので、提出がありましたら診断書を作成してください。
2 診療録(カルテ)への記載の留意事項
- 精神科は他の診療科と異なり、一度発症すると治癒が難しいケースもあり、症状が安定した後も再発して、再受診される患者が多いと思います。治療を自己中断し、他院へ措置入院や二次救急等で急遽受診となり、診療情報の提供を求められるケースもあるため、治療経過は特に詳細に記載が必要となります。また、転院等で終診となった後でも、警察や区市町村等の関係機関からの通院時の治療経過の問い合わせや、自立支援や精神障害者福祉手帳・障害年金の診断書の控え等を、次回作成をする医療機関から求められることがありますので、古い記録の保管にも注意しましょう。
- 精神科では通常の再診料とは別に、通院・在宅精神療法を算定されると思います。精神療法を算定される場合、病状説明・服薬指導等、一般的な療養指導のみを行うだけでは算定できません。一定の治療計画のもと危機介入・対人関係の改善・社会適応能力の向上を図るための指示・助言等の働きかけを継続的に行うことが条件となりますので、これらが分かるような記録となるように注意しましょう。また、精神療法は診療時間によって、また精神保健指定医とそれ以外によって、さらに患者の年齢によって点数が異なります。
診療時間では、初診の場合は30分未満、30分以上又は60分以上、再診の場合は5分以上30分未満、30分以上、さらに60分以上となります。診療時間が分かるように記載してください。診療録及びレセプトの摘要欄に診療時間を10分単位で記載する必要があります。
なお、30分又は60分を超える診療を行った場合であって、それが明らかであると判断される場合には、「〇〇分超」などの記載でも差し支えありません。 - てんかん指導料や血中濃度測定による特定薬剤治療管理料を算定する場合には、治療計画に基づく指導内容を記載しましょう。
- その他、心理支援加算、児童思春期支援指導加算、早期診療体制充実加算などが新設されました(詳細は後述)。いずれの場合も、診療録及び必要用紙や計画書への記載が必須ですので、ご留意ください。
3 傷病名付与の留意事項
- 複数の傷病名を記載する場合は、必ず主病名を明確にしましょう。
- 精神疾患は検査をしても正確な診断は難しいケースが多いと思います。治療を進めていく上で傷病名が変わることもあると思います。向精神薬を長期投与することにより、様々な副作用が発現する場合もあります。そのため、傷病名は定期的に見直しをしてください。その際、終了する病名には終了年月日と転帰を記載しましょう。
- 精神療法など精神科専門療法の実施や向精神薬の処方には、確定病名が必要です。初診で病名が確定しない場合もあると思いますが、疑い病名には速やかに確定病名の診断をお願いします。
4 診療報酬上の留意事項
<基本診療料>
1 初・再診料
- 初診料
初診料は患者の傷病について、医学的に初診といわれる診療行為があった場合、又は患者が任意に診療を中止し、1月以上経過した後、再び受診した場合に算定可能です。
ただし、慢性疾患等明らかに同一の疾病又は負傷であると推定される場合には、初診として扱えません。精神疾患は治癒が難しいことから、慢性疾患と判断される可能性が高いので、任意の診療を中止後1月以上経過した場合であっても、初診とするには注意が必要です。初診とする場合には、以前の病名を終了し、新たな傷病名で開始が必要ですが、再診と判断される場合もあります。 - 再診料
2回目以降の通院は再診料となります。 ただし、以下に記載する場合は、初診又は再診に附随する一連の行為とみなされますので、該当する日の再診料は算定できません。- 初診時又は再診時に行った検査・画像診断の結果のみを聞きに来た場合
- 往診等の後に薬剤のみを取りに来た場合
- 初診又は再診の際の検査・画像診断・手術等の必要を認めたが、一旦帰宅し、後刻又は後日検査・画像診断・手術等(精神科では心理検査等)を受けに来た場合
<特掲診療料>
1 医学管理料
- 特定薬剤治療管理料(イ 特定薬剤治療管理料1)
薬物血中濃度測定をして計画的な治療管理を行った場合に月1回に限り算定できます。- 統合失調症の患者にあっては、ハロペリドール製剤又はブロムペリドール製剤を投与しているもの、若しくは治療抵抗性統合失調症治療薬を投与しているもの。
- 躁うつ病では、リチウム製剤を投与しているもの、若しくは躁うつ病又は躁病の患者であってバルプロ酸ナトリウム又はカルバマゼピン製剤を投与しているもの。
- てんかん患者に抗てんかん剤を投与しているもの。
- 算定に当たっては、該当するもの(統合失調症の患者でハロペリドール製剤等を投与 等)を診療報酬明細書の摘要欄に記載します。
- 特定薬剤治療管理料を算定すべき1回目の月に限り所定点数に初回月加算ができます(免疫抑制剤の薬剤を投与している患者等一部を除く)。
- 抗てんかん剤及び免疫抑制剤以外の薬剤を投与している患者については、「4月目以降」は所定点数の100分の50に相当する点数で算定します。「4月目以降」とは、初回の算定から暦月で数えて4月目以降のことを指します。なお、抗てんかん剤又は免疫抑制剤を投与している患者には、躁うつ病又は躁病によりバルプロ酸ナトリウム又はカルバマゼピン製剤を投与している患者が含まれ、当該患者は4月目以降においても減算対象になりません。
- てんかん患者であって、2種類以上の抗てんかん剤を投与されているものについて、同一暦月に血中の複数の抗てんかん剤の濃度を測定し、その測定結果に基づき、個々の投与量を精密に管理した場合は、当該管理を行った月において、2回に限り所定点数を算定できます。
- てんかん指導料
てんかん患者であって治療計画に基づき療養上必要な指導を行った場合に月1回に限り算定します。初回の指導料は、初診の日から1か月を経過した日以降に算定できます。 - 診療情報提供料(Ⅰ)
保険医療機関が診療に基づき、別の医療機関での診療の必要性を認め、これに対し患者の同意を得て、診療状況を示す文書を添えて患者の紹介を行った場合、紹介先医療機関ごとに月1回に限り算定できます。算定可能な紹介先は原則医療機関ですが、区市町村・保健所・精神保健福祉センター・保険薬局・障害者施設・学校医等も対象となります。 - 傷病手当金意見書交付料
医師が労務不能と認め証明した期間ごとにそれぞれ算定できます。意見書を交付後、患者が意見書を紛失し、同期間について再交付する場合の費用は患者負担となります。
2 在宅医療
- 往診料
患者又は家族等の患者の看護等に当たる者が保険医療機関に往診を求め、医師が往診の必要性を認め、可及的速かに患家に赴き診療を行った場合に算定できます。定期的ないし計画的に赴いて診療を行った場合は、算定できません。 - 在宅患者訪問診療料(Ⅰ)
通院が困難なものに対して、当該患者の同意を得て、計画的な医学管理の下に定期的に訪問して診療を行った場合には、特例を除き週3回に限り算定できます。 - 訪問看護指示料
訪問看護の必要を認め、患者の同意を得て訪問看護ステーションなどに対して、訪問看護指示書を交付した場合に、月1回に限り算定できます。診療に基づき患者の急性増悪等により、一時的に頻回の訪問看護を行う必要性を認め、患者の同意を得て、訪問看護ステーションに対して、その旨を記載した訪問看護指示書を交付した場合は、原則月1回に限り特別訪問看護指示加算を所定点数に加算できます。
3 検査
- 臨床心理・神経心理検査
「発達及び知能検査」、「人格検査」、「認知機能検査その他の心理検査」に分類されます。それぞれ操作が容易なもの・複雑なもの・処理が極めて複雑なもので点数が分かれます。それぞれの分類ごとに、同日は主たる1種類のみしか算定できません。また、認知機能検査「1 操作が容易なもの イ 簡易なもの」に関しては、原則として3月に1回に限り算定できます。
4 投薬
- 精神科で多く使用される抗精神病薬や睡眠薬など向精神薬には、投与上限日数及び上限量に制限があります。
- 内服薬と同一薬剤を頓服として投薬される場合には、上限量に注意してください。
- 1処方につき3種類以上の抗不安薬・睡眠薬・抗うつ薬・抗精神病薬、又は4種類以上の抗不安薬及び睡眠薬の投薬を行った場合を「向精神薬多剤投与」といい、処方料が減算されます。ただし、①他院からの転医により減薬途中、②自院での他剤への切り替え途中、③臨時投与の場合、④精神科の診療に係る経験を十分に有する医師にかかる届出書添付書類を提出した場合などは、減算が軽減されます。
- 不安若しくは不眠の症状を有する患者に対して、1年以上継続して厚生労働大臣が定める薬剤の投与を行った場合を「向精神薬長期処方」といい、処方料が減算されます。不安又は不眠に係る適切な研修、若しくは精神科薬物療法に係る適切な研修を修了した医師の場合はこの限りではありません。
- 投与量に限度が定められている医薬品及び貼付剤については、リフィル処方箋による処方を行うことはできません。
5 精神科専門療法
- 通院・在宅精神療法
- 退院後4週間以内を除き、週1回に限り算定できます。
- 精神保健指定医による場合とそれ以外で所定点数が分かれます。
- 診療に要した時間によって所定点数が分かれます。
- 精神科継続外来支援・指導料
- 入院中以外の患者又はその家族等に対して、病状・服薬状況及び副作用の有無等の確認を主とした支援を行った場合、1日に1回に限り算定します。
- 1回の処方において、3種類以上の抗不安薬・睡眠薬・抗うつ薬・抗精神病薬を投与した場合は算定できません。
- 他の精神科専門療法と同一日には算定できません。
- 精神科訪問看護指示料
当該患者に対する診療を担う保険医療機関の保険医(精神科の医師に限る)が、診療に基づき訪問看護の必要を認め、患者又はその家族等の同意を得て訪問看護ステーションに対して、精神科訪問看護指示書を交付した場合に、月1回に限り算定できます。また、当該患者が服薬中断等により急性増悪した場合であって、一時的に頻回の訪問看護を行う必要を認め、患者又はその家族等の同意を得て訪問看護ステーションに対して、その旨を記載した精神科訪問看護指示書を交付した場合は、精神科特別訪問看護指示加算を月1回に限り所定点数に加算できます。 - 抗精神病特定薬剤治療指導管理料
- 持続性抗精神病注射薬剤治療指導管理料
統合失調症患者に対して持続性抗精神病注射薬剤を投与した場合。入院中以外の患者は月1回に限り算定。 - 治療抵抗性統合失調症治療指導管理料
別に厚生労働大臣が定める施設基準を満たし、届け出をした保険医療機関において、治療抵抗性統合失調症治療薬を治療抵抗性統合失調症患者に対して投与した場合。月1回に限り算定。
※①及び②について、計画的な医学管理を継続的に行い、かつ療養上必要な指導を行った場合、当該薬剤を投与したときに算定できます。治療計画及び治療内容の要点を診療録に記載することが必要です。 - 持続性抗精神病注射薬剤治療指導管理料
5 令和6年度診療報酬改定における、新規・改定項目
「主な改定項目」
<通院・在宅精神療法>
- 届出医療機関において、情報通信機器を用いて通院精神療法(精神保健指定医によるもの)を行った場合の保険点数が新設されました。
- 療養生活環境整備指導加算が廃止され、療養生活継続支援加算に統合され、実施者に「保健師」が追加されました。
- 心的外傷に起因する症状を呈する患者に対して精神科医師の指示を受けた公認心理師が必要な支援を行った場合の「心理支援加算」が新設されました。月2回、2年間に限って算定できます。
- 届出医療機関において、20歳未満の患者に対する「児童思春期支援指導加算」が新設されました。若年で精神疾患を有する患者への支援を行うのに必要な体制及び実績を有している場合で、精神科医師の指示の下、保健師、看護師、作業療法士、精神保健福祉士又は公認心理師等が共同して必要な支援を行った場合に算定できます。
- 精神疾患の早期発見及び症状の評価の必要な診療を行うにつき十分な体制が確保されている等の届出医療機関において、「早期診療体制充実加算」が新設されました。
※いずれの場合も、診療録及び必要用紙や計画書への記載が必須ですので、ご留意ください。
6 その他
精神科診療においては、他科と違い、精神科専門療法としての特殊性が多々あります。
それは、精神科電気痙攣療法、経頭蓋磁気刺激療法、入院精神療法、通院・在宅精神療法、標準型精神分析療法、集団精神療法、精神科継続外来支援・指導料、救急患者精神科継続支援料、認知療法・認知行動療法、ショート・ケア、デイ・ケア、ナイト・ケアなどです。なかでも精神療法等においては、精神保健指定医資格の有無によって点数に相違があります。
また、自立支援医療制度、精神障害者保健福祉手帳制度、障害基礎年金など行政に関連した届出書類作成も多いです。正しく診療体制を理解して、日々の診療を行うよう、心掛けてください。