新規開業医のための保険診療の要点(総論)
[1] 保険診療とは(医療保険各法やルールについて)
保険診療は、健康保険法等に基づく、保険者と保険医療機関との間の公法上の契約です。
保険医療機関、保険医は健康保険法等で規定されている保険診療のルール(契約の内容)に従って、療養の給付及び費用の請求を行う必要があります。
保険医療機関の指定、保険医の登録は、医療保険各法等で規定されている保険診療のルールを熟知していることが前提になっており、これらの関係法令等を知らないことは行政処分を免れる理由になりません。
- 保険診療として診療報酬を請求するには
-
診療報酬は次の事を遵守して請求することになります。
- 保険医が
- 保険医療機関健康関係において
- 保険各法、医師法、医療法、医薬品医療機器等法等の各種関係法令の規定を遵守し
- 『保険医療機関及び保険医療養担当規則』の規定に基づき
- 医学的に妥当適切な診療を行い
- 診療報酬点数表に定められた請求を行っていること。
I 主な関係法令
保険診療の前提として健康保険法のみならず、医師法、医療法、医薬品医療機器法等も遵守する必要があります。
1 医師法
- 免許(第2条)
- 免許の相対的欠格事由(第4条)
次のいずれかに該当する者には免許を与えないことがある。- 心身の障害により医師の業務を適正におこなうことができないものとして厚生労働省令で定めるもの
- 麻薬、大麻、またはあへんの中毒者
- 罰金以上の刑に処せられた者
- 医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者
- 免許の取り消し、医業の停止(第7条第1項)
医師が免許の相対的欠格事由のいずれかに該当し、又は医師としての品位を損するような行為があったときは次の処分をすることができる。- 戒告
- 3年以内の医業の停止
- 免許の取り消し
- 応召義務等(第19条)
診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければこれを拒んではならない。
診察もしくは検案をし、又は出産に立ち会った医師は、診断書もしくは検案書又は出生証明書若しくは死産証明書の交付の求があった場合には正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
- 無診察治療等の禁止(第20条)
医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付してはならない(保険診療として当然認められない)。- 無診察治療等とは
- 例えば定期的に通院する慢性疾患の患者に対し、診察を行わず処方せんの交付のみをすること。
実際には診察を行っていても、診療録に診察に関する記載が全くない場合や「薬のみ」等の記載しかない場合には、後に第三者から見て無診察治療が疑われかねません。
このようなことを避けるためにも診療録は十分記載する必要があります。
- 処方せんの交付義務(第22条)
医師は、患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には、患者又は現にその看護に当たっている者に対して処方せんを交付しなければならない。 - 診療録の記載及び保存(第24条)
- 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
説明:医療安全上の問題が生じた場合、診療録の記載の有無やその内容が重要視されることも多い。忙しいから週末にまとめて診療録を記載するといったことはしてはいけない。
- 診療録は、5年間保存しなければならない。
説明:勤務医の診療録については病院又は診療所の管理者が保存し、それ以外の診療録については医師本人が保存する。
- 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
- 罰則
上記のうち、第20条(無診察治療等の禁止)、第22条(処方せんの交付義務)又は第24条(診療録の記載及び保存)の規定に違反した者は50万円以下の罰金を処せられます。
II 医療法
1 目的(第1条)
医療を受ける者による医療に関する適切な選択を支援するために必要な事項、医療の安全を確保するために必要な事項、病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項並びにこれらの施設の整備並びに医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を推進するために必要な事項を定めること等により、医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もって国民の健康の保持に寄与することを目的とする。
2 医療の基本理念(第1条の2)
医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身 の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。
3 医師等の責務(第1条の4)
医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、第1条の2に規定する理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない。 医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。
4 入院診療計画書(第6条の4)
病院又は診療所の管理者は、患者を入院させたときは、当該患者の診療を担当する医師等により、次に掲げる事項を記載した書面の作成並びに当該患者又はその家族への交付及びその適切な説明が行われるようにしなければならない。
- 患者の氏名、生年月日及び性別
- 当該患者の診療を主として担当する医師の氏名
- 入院の原因となった傷病名及び主要な症状
- 入院中に行われる検査、手術、投薬その他の治療(入院中の看護及び栄養管理を含む。)に関する計画
- その他厚生労働省令で定める事項
なお、入院基本料の算定には、保険診療上規定された入院診療計画の基準に適合することが必要となります。
III 保険医療機関及び保険医療養担当規則(いわゆる療養担当規則)
健康保険法等において、保険医療機関や保険医が保険診療を行う上で守らなければならない基本的な規則として定められた厚生労働省令となります。
第1章 保険医療機関の療養担当
療養の給付の担当範囲、担当方針等
第2章 保険医の診療方針等
診療の一般的、具体的方針、診療録の記載等
保険診療の基本的なルールですので繰り返し読んで内容を理解することが重要です。
1 療養の給付の担当の範囲(第1条)
保険医療機関が担当する療養の給付の範囲は、以下の通り
- 診察
- 薬剤又は治療材料の支給
- 処置、手術その他の治療
- 居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
- 病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護
2 療養の給付の担当方針(第2条)
保険医療機関は、懇切丁寧に療養の給付を担当しなければならない。
保険医療機関が担当する療養の給付は、患者の療養上妥当適切なものでなければならない。
3 適正な手続きの確保(第2条の3)
保険医療機関は、その担当する療養の給付に関し、厚生労働大臣又は厚生局長若しくは地方厚生支局長に対する申請、届出等に係る手続き及び療養の給付に関する費用の請求に係る手続きを適正に行わなければならない。
4 経済上の利益の提供による誘引の禁止(第2条の4の2)
保険医療機関は、患者に対して、一部負担金の額に応じて収益業務に係る物品の対価の額の値引きをする等、健康保険事業の健全な運営を損なうおそれのある経済上の利益の提供により、自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない。
また、事業者又はその従業員に対して、患者を紹介する対価として金品を提供する等、健康保険事業の健全な運営を損なうおそれのある経済上の利益の提供により自己の保険医療機関で診療を受けるように誘引してはならない。
5 特定の保険薬局への誘導の禁止(第2条の5、第19条の3)
- 処方せんの交付に関し、患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行ってはならない。
説明: ただし地域包括診療料、地域包括診療加算を算定する保険医療機関は連携薬局の中から患者自らが選択した薬局において処方を受けるように説明することが可能です。
時間外において対応できる薬局のリストを文書により提供することや、保険医療機関が在宅で療養を行う患者に対して在宅患者訪問管理指導の届出を行った、薬局のリストを文書により提供することは「特定の保険薬局への誘導」に該当しません。 - 処方せんの交付に関し、患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として、保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受してはならない。
6 処方せんの交付(第23条)
- 処方箋を交付する場合には、様式第二号若しくは第二号の二又はこれらに準ずる様式の処方箋に必要な事項を記載しなければならない。
- 保険医はその交付した処方せんに関し、保険薬剤師から疑義の照会があった場合には、これに適切に対応しなければならない。
7 診療録の記載及び整備、帳簿等の保存(第8条、第9条、第22条)
保険医は、患者の診療を行った場合には、遅滞なく、必要な事項を診療録に記載しなければならない。また、保険医療機関は、これらの診療録を保険診療以外(自費診療等)の診療録と区別して整備し、患者の診療録についてはその完結の日から5年間、療養の給付の担当に関する帳簿、書類その他の記録についてはその完結から3年間保存しなければならない。
8 施術の同意(第17条)
患者があん摩、マッサージ、はり及びきゅうの施術を受ける際には医師の同意が必要となるが、患者の疾病又は負傷が自己の専門外であることを理由に診察を行わず同意を与える、いわゆる無診察同意を行ってはならない。医師の診察の上で適切に同意書の交付を行うことが求められる。
9 無診察診療の禁止(第12条)
保険医の診療は、一般に医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行われなければならない。
医師が自ら診察を行わずに治療、投薬(処方せんの交付)、診断書の作成等を行うことは、保険診療の必要性について医師の判断が行われているとはいえず、保険診療とは認められない。
10 特殊療法等の禁止(第18条)
特殊な療法又は新しい療法等(新しい医療材料を含む)については、厚生労働大臣の定めるもののほか行ってはならない。
説明:例外として、先進医療、患者申出療養、先進医療の届出(保険外併用療養費)等があるが、申請等がない場合は、一連の診療は保険請求できず、すべて自由診療となり、保険請求はできません。
11 研究的検査の禁止(第20条1のへ)
各種の検査は、研究の目的をもって行ってはならない。
説明:例外として治験等があります。
12 健康診断の禁止(第20条1のハ)
健康診断は療養の給付の対象として行ってはならない。
説明: 医師の判断ではなく、患者の求めに応じて実施した検査等も健康診断と見なされる場合もあります。
(例)症状はないが胃がんが心配との訴えで胃カメラを実施した場合、保険請求不可です。
13 濃厚(過剰)診療の禁止(第20条)
検査、投薬、注射、手術、処置、リハビリテーション等は診療上必要と認められる場合に行う。
説明:医療機関で決めた検査項目を一律に実施するセット検査等は保険請求できません。
14 適正な費用の請求の確保(第23条の2)
保険医は、その行った診療に関する情報の提供等について、保険医療機関が行う療養の給付に関する費用の請求が適正なものとなるように努めなければならない。
説明:「 請求関係は事務に一任しているのでこんな請求がされているとは知らなかった。」というようなことがないように保険医は必要に応じて診療報酬明細書(レセプト)を確認するなど、自分の診療録記載等による診療の情報が請求事務担当者に適切に伝わっているか確認する必要があります。
厚生労働省「保険診療の理解のために」医科(令和4年度)を基に作成しています。
IV 院内等掲示及び広告規制について
1 医療機関の院内掲示義務等
すべての医療機関は「保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する省令」第7 条において、「保険医療機関は、その病院若しくは診療所の見やすい箇所に、保険医療機関である旨を標示しなければならない。」とされており、外から見やすい場所(入り口付近など)に保険医療機関と分かるように医療機関名等を標示しなければなりません。多くの医療機関では公費適用(生活保護や労務災害の指定医療機関)などと一緒に表示しています。
また、医療法第14条の2により、①管理者の氏名等についても院内掲示をする義務があり、院内掲示に関する関係法令や通知については多岐にわたっています。
- 保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する省令による掲示
- 医療機関名
- 標榜科等(公費適用)
- 医療法第14条の2に規定する掲示
- 管理者の氏名
- 診療に従事する医師の氏名
- 医師の診療日及び診療時間
- 「療担規則及び薬担規則並びに療担基準に基づき厚生労働大臣が定める掲示事項等」及び「保険外併用療養費に係る厚生労働大臣が定める医薬品」による掲示
- 入院基本料に関する事項等
本要点は新規開業医を対象とするため入院の掲示については割愛します。 - 明細書の発行状況に関する事項
明細書を交付しなければならない保険医療機関であることを掲示する必要があります。 - 保険外負担に関する事項
保険外負担については、本書「混合診療(健康診断・予防接種・自費医療など)」において、その内容を説明しておりますので参照してください。ア 「療養の給付と直接関係ないサービス等の取扱いについて」で例示として掲げるもの等について、患者から費用を徴収する場合には、個々の「サービス」や「物」は項目ごとに要する実費の掲示が必要です。
具体的には以下のような掲示が必要です。イ 評価療養、患者申出療養又は選定療養として、患者の一部負担金の額を超えて費用を徴収する場合には、その内容と費用等について掲示しなればなりません。(保険医療機関及び保険医療養担当規則)注意すべき点は、各々とある事です。「2人室1日当たり○○○○円」では各々ではありません。「501号室 2人部屋 一人1 日当たり○○○○円」など個別の表示が必要です。
選定療養等の代表的な項目は、予約診療の別料金を徴収することや特別療養環境室(差額ベッド)となります。
特に特別療養環境室に関しては「保険医療機関内の見やすい場所、例えば受付窓口、待合室等に特別療養環境室の各々についてそのベッド数、特別療養環境室の場所及び料金を患者にとって分かりやすく掲示しておくこと。」とされています。
- 入院基本料に関する事項等
- 施設基準ごとに掲示が指示されているもの
施設基準の中には掲示を義務付けているものが多くあります。また、名称のみの掲示だけでなく、具体的な説明等の掲示が定められているものもございます。なお、施設基準を届出ていたとしても未掲示の場合は、指導等の対象となります。注意してください。 - 算定基準に掲示が指示されているもの
施設基準に掲示の指示がされていない場合であっても、算定基準の通知等において掲示が要件となっているものもありますので注意してください。
なお、上記以外であっても患者の権利(個人情報保護に関する掲示)や利便性等を考慮する等、適切に院内掲示等を行う事が求められています。
院内掲示等の事例を図1から5に掲載いたしましたので、参考としてください。
2 医療機関の広告規制等
診療所等については「医療法」及び「医療広告ガイドライン」に基づき広告等が制限されています。この規定に違反した場合、開設者等に罰則規定が制定されています。(医療法第73条、第75条)
広告に該当するもの
ビラやチラシ、タウン誌や広報誌、インターネットのバナー広告、診療所から院外への掲示物、看板等です。インターネットのバナーは広告となりますが、医療機関独自のホームページは広告とはみなされません。ただし、法で定める制限を逸脱した掲載等は不適切とみなされます。
- 広告の内容及び方法の基準について(医療法施行規則第1条の9)
広告の内容及び方法の基準は、次のとおりです。- 他の病院、診療所と比較して優良である旨を広告することはできません。
- 誇大な広告を行うことはできません。
- 客観的事実であることを証明することができない内容の広告を行うことはできません。
- 公の秩序又は善良の風俗に反する内容の広告を行うことはできません。
- 医業等に関する広告の制限について(医療法第6条の5)
次に掲げる事項以外は広告できません。また、内容に虚偽があってはなりません。- 医師である旨
- 診療科名(医療法第6条の6に規定する診療科名以外は標榜できません。麻酔科
についても標榜できますが条件が設定されています。)
具体的には、「広告可能な診療科名の改正について」(平成20年3月31日付厚 生労働省医政局長通知)に規定されています、「適切な医療機関の選択と受診を 支援する観点から、従来、具体的名称を限定列挙して規定されておりましたが、 この方式を改め、身体の部位や患者の疾患等、一定の性質を有する名称を診療科名とすることや、診療科名の組み合わせの表示形式も可能とする」ことなどの見直しが行われました。(表1に広告するに当たって通常考えられる診療科名の例示(医科)を取り纏めています。) - 診療所の名称・電話番号・所在の場所・管理者氏名
- 診療日・診療時間・予約による診療の有無
- 法令の規定に基づき一定の医療を担うものとして指定を受けた診療所である旨
- 入院設備の有無・病床の種別ごとの数等
- 診療に従事する医師、歯科医師などの医療従事者の氏名、年齢、性別、役職、略歴その他厚生労働大臣が定めるもの
- 患者等からの医療に関する相談に応ずるための措置、医療の安全を確保するための措置、個人情報の適正な取扱い、その他の診療所の管理又は運営に関する事項
- 紹介をすることができる他の医療機関その他の保健医療サービス若しくは福祉サービスを提供する者の名称等
- 診療録他諸記録に係る情報の提供、その他医療に関する情報の提供に関する事項
- 診療所において提供される医療(検査、手術その他の治療の方法等は、厚生労働大臣が定めるものに限る。)
- 患者の平均入院日数、平均外来患者又は入院患者の数等医療の提供の結果に関する厚生労働大臣が定めるもの
- その他前各号に掲げる事項に準じるものとして厚生労働大臣が定める事項