新規開業医のための保険診療の要点

新規開業医のための保険診療の要点(各論)

[2-3] 緩和ケア

I 緩和ケアの定義

緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に同定し、適切な評価と治療によって、苦痛の予防と緩和を行うことで、QOL(Quality of Life:生活の質)を改善するアプローチです。

II 緩和ケアとは

  • 痛みやその他の苦痛な症状を和らげる
  • 生命を尊重し、死を自然の過程と認める
  • 死を早めたり、引き延ばすことを意図しない
  • 患者ケアにおける心理的側面とスピリチュアルな側面を統合する
  • 患者が最期まで人生をいきいきと、できるだけ活動的に生きることを支える
  • 家族に対し患者の闘病中や死別後の生活に適応できるように支える
  • チームアプローチを用いて患者と家族のニーズに対処し、必要であれば死別後のカウンセリングを行う
  • QOLを高めて、病気の過程に良い影響を与える
  • 化学療法や放射線療法などの他の延命を意図する治療と併存しながら、疾病の初期から適用可能であり、さらに、必要ならそれらの治療に伴う副作用の緩和を行う
早期からの緩和ケア図1

がんの診断時から緩和ケアを並行して行い、
がん治療を支えるとともに、常に苦痛の緩和を目指す。WHO:1990年

過去には、がんの治療による効果が望めなくなった患者が、がん治療から緩和ケアに移行すると考えられていました。図1でがん治療と緩和ケアにはっきりとした縦線が引かれているように、緩和ケアはがん治療が終わった患者さんに行われているケアという認識です。しかし、WHOは1990年に、がん治療と緩和ケアの関係を図1のように示しました。
この図では、緩和ケアは診断時から治療と並行して行われるべきものとされ、がんのすべての経過に関わるものとなっています。診断時から痛みなどの症状がある場合には鎮痛薬などの処方がなされ、病名告知による気持ちの落ち込みには心理的な支援がなされます。
治療中には、抗がん薬や放射線治療の副作用の予防や対処が必要となります。これらは全て緩和ケアです。がん治療がうまくいき、再発などがなければそのまま生活することになります。もし再発や転移などがみつかり、抗がん剤治療などで治癒が難しくなってくると、がん治療に対して緩和ケアの占める割合が大きくなるという考え方です。
このように緩和ケアという言葉の捉え方が変わってきた背景には、以前はがんと診断されると手術で切除できなければ予後も非常に厳しかったのですが、最近では早期発見や手術、抗がん剤、放射線治療などの進歩により、がんと診断されてからの生存期間が大幅に延長され、がんを抱えながらも治療をしながら長期の生存が可能になってきたことがあります。ただ、長期の生存が可能になったといっても、痛みをはじめとしたからだの症状や気持ちのつらさなどを抱えていては充実した毎日を送ることができませんので、緩和ケアを併用することにより、よりその人らしい毎日を過ごすことが大事だと思われます。

1 早期から緩和ケアを受けると生存期間が長くなる!?

図2は2010年にアメリカのハーバード大学などのグループが世界的に一流の医学雑誌であるNew England Journal of Medicine に発表した論文の結果で、早期からの緩和ケアの重要性を改めて示すものです。この研究では転移を伴う肺がん患者151人の患者を「標準的ケア+緩和ケア」と「標準的ケア」の2つの群にランダムに振り分け、「標準的ケア+緩和ケア」の群の対象者は、全員が診断時から定期的に緩和ケアの専門家の診察を受けました。「標準的ケア」の群の対象者は必要に応じて緩和ケアの専門家の診察を受けました。

図2

Temel, JS. et al. Early Palliative Care for Patients with Metastatic Non-Small-Cell Lung Cancer.
New England Journal of Medicine. 2010, 363(8), P.741より

この研究の当初の目的はQOL(Quality of Life:生活の質)とうつ病などの精神症状の予防でした。実際に「標準的ケア+緩和ケア」群の患者は生活の質が高く、うつ病などの精神症状が少ないという結果でした。しかも、驚くべきことに、早期から緩和ケアを受けた群の患者は、終末期に抗がん治療などを受けている割合が少なかったにもかかわらず、生存期間の中央値が統計学的に有意に長かったのです(11.6ヶ月 vs 8.9ヶ月, P=0.02)。
この結果は大変印象的なものでしたが、この研究1つだけで緩和ケアの併用が生存期間を延長すると結論づけることは出来ませんし、施設や国によって状況が異なるため、そのまま日本に当てはめることは難しいと思われます。いままでは緩和ケアというと否定的なイメージを持つ患者・家族や医療者が多く、緩和ケアの専門家の診察を受けるのは末期になってからだと誤解している方が多いのが現状です。今までの研究の成果から、早期からの緩和ケアによって生存期間を延ばす可能性があり、少なくとも緩和ケアが生存期間を縮める可能性はほとんどないと思われます。

2 基本的緩和ケアと専門的緩和ケア

緩和ケアは「専門病棟で行われるもの」「専門的な医療者によって行われるもの」と誤解している患者さんやご家族は多いです。もともと、緩和ケアはがんの診断時から、がん患者に関わるすべての医療者によって提供されるべきもので、これを基本的緩和ケアと呼びます。基本的緩和ケアとは手術や抗がん剤、放射線治療などのがん治療を行う医師や看護師などのがん医療に携わるすべての医療者によって提供されるものです。実際、がん医療に関わる全ての医師は2日間の「緩和ケア研修会」を受けることが必須になっており、すでに全国で5万人の医師がこの研修会を修了しています。それらの医師は医療用麻薬をはじめとした患者さんの症状を緩和するための基本的な薬剤の処方や技術を習得しています。
しかし、担当の医師・看護師らによる通常の診療・ケアで患者の苦痛を緩和することの困難も存在します。そのような場合は、緩和ケアについて特別なトレーニングを受けた専門家が対応し、これを専門的緩和ケアと呼びます。わが国の現状では、療養生活の場によって、専門的緩和ケアの提供形態が若干異なりますが、患者さんは、病状や家庭の介護の状況などにより、病院、自宅、緩和ケア病棟などの療養場所を移動しますので、それぞれの療養場所において適切な専門的緩和ケアが提供されるようになっています。それぞれの療養の場所と基本的緩和ケア・専門的緩和ケアの提供の状況を示したものが図3です。

図3

3  緩和ケアの利用の仕方

一般病棟における専門的緩和ケア(緩和ケアチーム)

一般病棟に入院したがん患者は、受け持ちの医師・看護師などから痛みに対する鎮痛薬の投与や不安に対するケアなど基本的な緩和ケアを受けることになります。
一般病棟のスタッフで対応が困難な苦痛に対しては、専門的緩和ケアとして緩和ケアチームが対応します。緩和ケアチームの活動形態はさまざまですが、患者さんを直接診察しながら、一般病棟の医師や看護師に専門的な見地からアドバイスをすることが多いです。がん診療連携拠点病院には、緩和ケアチームの設置が義務付けられており、2008年10月現在、緩和ケアチームが設置されている病院は612施設で毎年増加の一途をたどっています。
緩和ケアチームについては別途追加で説明します。

4 外来における緩和ケア(緩和ケア外来)

一般病棟と同様に外来で受け持ちの医師や看護師が基 本的な緩和ケアを提供します。しかし、最近では一般のスタッフでは対応が困難な苦痛に対して緩和ケアの専門家が対応する「緩和ケア外来」の設置がすすんできています。がん診療連携拠点病院では、緩和ケアを専門とする外来の設置が必須要件となっており、すべての患者は緩和ケア外来(あるいは緩和ケアチームによる外来診療)を受診できるようになっています。しかし、残念ならが緩和ケア外来の活動の活発さには施設による違いがあり、緩和ケア外来がまだ開設されていない病院や毎日開かれていない病院も多く、外来における専門的な緩和ケアの提供は十分とはいえないかもしれません。

5 専門病棟における緩和ケア(ホスピス・緩和ケア病棟)

緩和ケア病棟(ホスピス)は、緩和ケアを専門的に提供する病棟です。名称としては緩和ケア病棟、ホスピス、緩和ケアセンターなどが用いられています。
緩和ケア病棟は、一般病棟や在宅ケアでは対応困難な心身の苦痛がある患者への対応や、人生の最期の時期を穏やかに迎えることを目的とした入院施設です。緩和ケアの専門的な知識・技術をもった医師が診察にあたり、看護師数も一般病棟より多い傾向にあります。病棟によっては専属の薬剤師、メディカルソーシャルワーカー、宗教家(チャプレン)、ボランティアなどがおり、院内の栄養士、理学療法士、作業療法士などと共同して多職種によるチームケアがなされています。
抗がん剤治療などを行わない場合が多いため、医師や看護師などが患者のベッドサイドに行く時間も比較的取りやすく、病室は多くが個室であり、病室の中に家族がくつろげるスペースがあるなど、プライバシーに配慮された構造になっています。家族が宿泊できる家族室や家族風呂、家族が調理できるキッチン、談話室などもあります。
また、病棟では七夕やクリスマスなど季節ごとの行事や、音楽会などのレクリエーションを行っていることも多いです。
患者さんにとって、緩和ケア病棟に入院するメリットは以下のようなものがあります。

  • 苦痛症状を緩和するための専門的なトレーニングを受けた医師・看護師が主治医・受け持ち看護師となり、24時間ケアを受けられる
  • ほぼ全室個室であり、プライバシーが守られた環境で家族や友人と穏やかな時間を過ごせる
  • 面会や持ち込み物の制限が少なく、自分の家のようにその人らしい生活を送れることなどである

かつて緩和ケア病棟は、看取りの場としての役割が大きかったのですが、近年では、痛みなどの症状が強い場合に緩和ケア病棟に入院し、症状が緩和されたら自宅に退院することが増えてきました。緩和ケア病棟は、一度入院したら退院できない場ではなく、症状が強い時期に緩和治療を行い、自宅への退院をスムーズに行うなど、地域や在宅の医療機関と連携することが求められています。

6 自宅療養における緩和ケア(在宅緩和ケア)

在宅医療では、診療所や訪問看護ステーションが緩和ケアの担い手になります。
診療所は外来、もしくは往診によって基本的・専門的緩和ケアを提供します。現在、夜間の往診や看取りにも対応する在宅療養支援診療所が制度化され、24時間訪問看護ステーションなどとの連携も含めて、往診に対応できる診療所が増加しています。がん患者の在宅療養においては看護や介護が重要な役割をもつため、訪問看護ステーションや訪問介護事業所、居宅介護支援事業所などと協力し、チームとして緩和ケアを提供することが多いです。一部の診療所では、緩和ケアに関する専門的な知識や技術をもつ医師や看護師が24時間の訪問診療に対応しており、そのような施設によって提供されるケアは、在宅緩和ケア(在宅ホスピス)と呼ばれることがあります。
在宅緩和ケアのメリットとしては、患者さんが住み慣れた場所で生活でき、面会などの制限もないため家族や友人と充実した時間を過ごせるという点です。日本人の多くが出来る限り自宅で療養することを望んでいます。在宅緩和ケアの専門家の診察を受ければ痛みなどの身体症状などがあっても病院に入院しているのと同様に緩和することができます。
在宅緩和ケアのデメリットは家族の介護の負担です。しかし、家族の一時的な病気や旅行、仕事など介護の負担が大きい時には一時的に入院する(レスパイト入院)などの制度も利用できますし、介護保険をはじめとした介護負担を軽減するための公的なサービスの利用もできますので、専門家と相談しながら負担を最小限にすることができます。

7 緩和ケアチームの役割について

一般的に緩和ケアチームは、病院内において特定の病棟を持たず、病棟を横断的に活動する(全ての病棟を回って回診する)受け持ち医師や看護師に対するコンサルテーションを中心にしたチームです。通常は、一般病棟の医師や看護師から依頼を受けて病棟におもむき、医師・看護師からの情報収集の後に患者を直接診察し、一般病棟の医師・看護師に治療やケアのアドバイスをします。一般的な医療用麻薬の使用方法などの軽微な相談では、直接の診療を必要としないこともあります。緩和ケアチームのメンバーは医師、看護師、薬剤師などが中心ですが、施設の規模や考え方によってメンバー構成や人数は異なります。
患者にとって緩和ケアチームが関わるメリットは、療養場所や主治医を変えずに苦痛な症状を緩和するための専門的なトレーニングを受けた医師・看護師の診療を受けられることです。
また、緩和ケア病棟では抗がん剤治療や放射線治療などの高額な医療費がかかる治療が受けられないことが多く、このような治療を希望しながらも治療の副作用などの緩和ケアのニーズが高い患者にとって、治療と並行して苦痛の緩和を図れることもメリットです。近年は、早期からの緩和ケアの必要性が強調されており、一般病棟に入院して抗がん薬や放射線治療を受けながら、緩和ケアチームによって苦痛の緩和がなされることは、患者にとって利益が大きいことです。
近年、がん治療を担うような急性期病院では在院日数が病院の経営に大きく影響することから、長期の療養を受け入れることが難しいケースがあり、そのような場合に転院や自宅療養を希望する患者・家族のため、緩和ケアチームは療養場所の調整の機能を果たすこともあります。

III ペインクリニックが係ることができる緩和ケア

がん疼痛治療の基本はWHO方式がん疼痛治療法による薬物療法です。しかし、適応を選べば神経ブロックが疼痛治療法として選択されることにより良好な鎮痛効果が得られる場合があります。神経ブロックが適応となるがん疼痛の病態・背景、適応は下記1、2にお示しいたします。
神経ブロックとは、「脳脊髄神経や脳脊髄神経節または交感神経節およびそれらの形成する神経叢に向かってブロック針を刺入し、直接、またはその近傍に局所麻酔薬または神経破壊薬を注入して、神経の伝達機能を一時的または永久的に遮断する方法」と定義されています。現在では、高周波熱凝固による神経破壊も含まれ、さらに硬膜外腔やくも膜下腔へ麻薬や他の鎮痛薬を注入する方法(硬膜外ブロック、持続くも膜下オピオイド注入)も神経ブロックと手技が同じであることから、神経ブロックに含めています。
神経ブロックの適応を判断でき、技術的に施行可能な人材があれば、適切な時期に神経ブロックを行うことは極めて有効な鎮痛法で、早期から施行すべきであり、決して最後の手段ではありません。ただし出血傾向や全身的感染症がある場合には施行できないことがあります。

1 神経ブロックの適応となる病態・背景

  1. 大量のオピオイドの全身投与では鎮痛効果が得られない時
  2. オピオイドなどの鎮痛薬や鎮痛補助薬が副作用のために使用できない場合
  3. 分節遮断(segmental block)や末梢神経ブロック、神経根ブロックが可能な限局した痛みで、神経ブロックにより鎮痛効果が得られると考えられる場合
  4. ときにオピオイド使用量があまりに多く、経済的効果を考慮せざるを得ない場合

2 神経ブロックの適応となる痛み

  1. 膵臓がんなど上腹部腹腔内臓器による腹痛、背部痛などの内臓痛
  2. 直腸、前立腺、子宮頸部などの骨盤内臓器による内臓痛
  3. 骨転移に伴う体動時痛
  4. 筋攣縮(こむら返りなどの筋けいれん)の痛み
  5. 神経障害性疼痛
  6. 消化管蠕動に伴う痛み
  7. 入浴により緩和する痛み(交感神経ブロックが適応)
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