新規開業医のための保険診療の要点(総論)
[2] 新規個別指導、集団的個別指導、個別指導、監査等
健康保険法、国民健康保険法等には保険医療機関若しくは保険医等に対しての指導及び
監査の規程があり、実施に当たっては保険診療の質的向上及び適正化を図ることを目的とした「指導大綱・監査要綱」が定められています。
指導は保険医・保険医療機関の全てが対象となっていて、新規指定時や指定更新時(※)等に行われる講習、講演形式(e- ラーニング実施予定)で行われる集団指導の他、新規個別指導、集団的個別指導、個別指導があります。また、個別指導後の行政上措置としては、「概ね妥当」、「経過観察」、「再指導」及び「要監査」があり、不備や間違いを指摘され自主返還を求められることもあります。
監査は診療内容や診療報酬請求に不正の疑いがあるときに行われるもので、不正が認められた時には報酬の返還ばかりでなく、状況によっては保険医の取り消しや刑罰の対象となることもあります。
I 新規個別指導
新規個別指導は新規指定の全ての保険医療機関(遡及指定を含む)を対象に、個別に面接懇談方式で行われます。指定後概ね半年から1年以内に実施、とされていますが、東京では対象数が多いことやコロナ禍の影響等で現状ではもう少し遅れてからの実施となっています。後記Ⅲ.の個別指導とは、指導対象数、指導結果の取り扱いに違いはありますが、場合によっては自主返還を求められたり、個別指導、監査につながることもあります。
<注意点>
- 対象レセプトは、診療所の場合10名分(病院は20名分)で、指導日の1週間前に通知されます。
- 指導により自主返還が求められる場合は、対象となったレセプトについてのみの自主点検が求められます。
- 正当な理由なく新規個別指導を拒否した場合は、個別指導の対象になります。
II 集団的個別指導
集団的個別指導は、指導大綱及び実施要項には類型区分(表1)別のレセプト平均点数により選定された保険医療機関に対し、講習会形式の「集団指導」と医療機関毎の面接形式の「個別指導」で行われる、とされていますが、現在東京では集団指導のみで実施されているため、指導後の自主返還はありません。選定基準はレセプト平均点数が類型区分別にそれぞれ診療所で1.2倍、病院で1.1倍を超える医療機関で、かつ前年度及び前々年度に集団的個別指導・個別指導が行われていない保険医療機関の総数のうち上位8%とされています。
※保険医等は指定を受けてから6年後に更新の手続きをすることとなりますが、診療所によっては自動更新される場合もあります。自動更新も含めて更新時集団指導の対象となりますのでお気を付けください。該当医療機関には事前に関東信越厚生局から通知されます。
- 病院:3区分(入院データ)
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- 一般病院
- 精神病院
- 臨床研修指定病院・大学附属病院・特定機能病院
- 医科診療所:12区分(入院外データ)
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- 内科(下記2.3.の区分に該当するものを除き、呼吸器科、消化器科(胃腸科を含む。)、循環器科、アレルギー科、リウマチ科を含む。)
- 内科(下記3の区分に該当するものを除き、在宅療養支援診療所に係る届出を行っているもの。)
- 内科(主として人工透析を行うもの(内科以外で、主として人工透析を行うものを含む。))
- 精神・神経科(神経内科、心療内科を含む。)
- 小児科
- 外科(呼吸器外科、心臓血管外科、脳神経外科、小児外科、こう門科、麻酔科、形成外科、美容外科を含む。)
- 整形外科(理学療法科、リハビリテーション科、放射線科を含む。)
- 皮膚科
- 泌尿器科(性病科を含む。)
- 産婦人科(産科、婦人科を含む。)
- 眼科
- 耳鼻いんこう科(気管食道科を含む。)
<注意点>
- 現在は集団指導部分だけのため指導のみですが、個別指導も行われる場合には自主返還の要求もありますので注意が必要です。
- 一か月の平均取扱件数が30件未満の医療機関は対象外となります。
- 翌年度実績でも、レセプト平均点数が類型区分別にそれぞれ診療所で1.2倍、病院で1.1倍を超える医療機関で、前年集団的個別指導を受けたグループ内の概ね上位半分に含まれる場合は個別指導対象になります。(平均点数が高くても診療内容に問題がなければ、点数を下げることを強要するものではありません。)
- 正当な理由なく集団的個別指導を拒否した場合は、個別指導の対象になります。
III 個別指導
個別指導は、以下の指導大綱の基準により選定された保険医療機関に対し、あらかじめ厚生局から指定された時期の30人分の連続した2ヶ月分のレセプトに基づき面接懇談方式で行われます。
1 個別指導の選定基準
- 患者・審査支払機関等から情報提供があり、厚生局が必要としたもの
- 前回の個別指導・新規個別指導で「再指導」になったもの、または「経過観察」で改善が見られないもの
- 集団的個別指導で前々年度、前年度と高点数が続くのもの(上位から)
- 監査の結果、戒告・注意となったもの
- 正当な理由なく新規個別指導や集団的個別指導を拒否したもの
- その他、指導が必要と認められるもの
2 個別指導後の措置
個別指導後の措置は、次のとおりとし、診療内容及び診療報酬の請求の妥当性等により措置する。
- 概ね妥当
診療内容及び診療報酬の請求に関し、概ね妥当適切である場合 - 経過観察
診療内容又は診療報酬の請求に関し、適正を欠く部分が認められるものの、その程度が軽微で、診療担当者等の理解も十分得られており、かつ、改善が期待できる場合
なお、経過観察の結果、改善が認められないときは、当該保険医療機関等に対して再指導を行う。 - 再指導
診療内容又は診療報酬の請求に関し、適正を欠く部分が認められ、再度指導を行わなければ改善状況が判断できない場合
なお、不正又は不当が疑われ、患者から受療状況等の聴取が必要と考えられる場合は、速やかに患者調査を行い、その結果を基に当該保険医療機関等の再指導を行う。患者調査の結果、不正又は著しい不当が明らかとなった場合は、再指導を行うことなく当該保険医療機関等に対して「監査要綱」に定めるところにより監査を行う。 - 要監査
指導の結果、「監査要綱」に定める監査要件に該当すると判断した場合、後日速やかに監査を行う。
なお、指導中に診療内容又は診療報酬の請求について、明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合にあっては、指導を中止し、直ちに監査を行うことができる。
<注意点>
- 対象レセプトは、指導日の1週間前に20名分、前日に10名分が通知されます。
- 個別指導により自主点検・自主返還が求められる場合は、過去1年間の全診療分が対象となります。
- 正当な理由なく個別指導を拒否した場合は、監査が行われることになります。
- 必要な理由を説明した場合は、録音や弁護士の帯同は可能となります。
IV 監査
監査は、保険医療機関等の診療内容又は診療報酬の請求について、架空請求、付増請求、振替請求などの不正請求や著しい不当があったことが疑われる場合や、前述の様に個別指導の結果「要監査」とされた保険医療機関に対し、的確に事実関係を把握し、公正かつ適切な措置をとる目的で行われます。レセプトによる書面調査や患者等に対する実地調査に基づいて実施され、監査後の措置としては、経済措置(診療報酬の返還)行政措置(「取消処分」「戒告」「注意」)が決められます。
<注意点>
- 診療報酬の返還の遡及期間は原則5年間で診療報酬から控除されますが、これが難しい場合は医療機関からの直接返還になります。また、被保険者が支払った一部負担金の返還指導も行われます。
- 「取消処分」は故意の不正、重大な過失による請求の場合に適用され、「戒告」は重大な不正、軽微な過失による場合、「注意」は軽微な過失により請求の場合に適用とされています。
V 個別指導での主な指導内容
新規等個別指導が実施され、医療機関に指導された主な内容について明記します。個別指導を受ける前に再度確認し、不備がないかを確認することを勧めします。また、本記載の内容はあくまでも指導内容の一部です。各健康保険法や療養担当規則に則った医療を行い、カルテの記載やレセプトの作成を適切に行うことが必要です。
1 全体的事項
- レセプトとカルテ内容の不一致
診療開始日、傷病名や転帰、外傷部位、初診算定時に必要事項の記載欠如など、カルテの記載内容とレセプトの内容の記載が一致していない。 - 傷病名の問題
傷病名に対し、診療内容との不一致である、また、すでに治療が終了している病名を整理していない。急性の病名が長期にわたっている。複数の主病名が妥当ではない。など。 - カルテ記載の問題
カルテには必要事項を欠落せずに記載すること。(例:傷病名、既往歴、家族歴、現病歴、症状・所見、治療計画、経過など)、また、doを多用することや、指導・計画内容の記載に不備がないか。遅滞なく記載しているか。主治医(医師)以外による病名付けを行っていないかなども、注意することが必要。
2 個別事項
- 医療情報システム関連
- 医療情報システムの安全管理に関するガイドラインに準拠すること。
- パスワードを適切に設定していない。
・パスワードが複数の作成者であっても一つしか設定されていない。
・定期的にパスワードが変更されていない。
・容易に推測できる、文字数の少ないパスワードが設定されている。 - システムの監査を実施していない。
- 保存性・見読性・真正性について適切な対応となっていない。
(本書「[4] カルテ(電子カルテ含む)」に詳細があるため確認すること。
- 診療関連
- 診療録
外来患者の診療録に、医師による日々の診療内容の記載が全くない、あるいは極めて乏しい。(無診察診療を疑われるため) - 傷病名
ア 医学的な診断根拠のない“レセプト病名”を付与している➡️必要に応じて摘要欄の記載、症状詳記の記載を行うことイ 傷病名を適切に整理していない。
【例】傷病名が多数となっている、重複して付与している等 - 基本診療料等
ア 初診料算定時の問診不足(特に初再診)イ 無診察診療の禁止(医師法第20条) (本書「[1]保険診療とは(医療保険各法やルールについて)」参照)
【無診察診療を疑われる例】
・定期的に通院する慢性疾患の患者に対し、診察を行わず処方せんのみを交付する。
・診療録に診察に関する記録が全く無い、「薬のみ」(medication)や「do」等の記載しかない
- 診療録
- 医学管理料等
- 特定疾患療養管理料、特定薬剤治療管理料等の治療計画、指導内容の要点等の必要記載事項を診療録に記載していない。または、不備。
- 診療情報提供料(Ⅰ)について、紹介元医療機関への受診行動を伴わないような、患者紹介の単なる返事について算定している。
- 在宅医療
在宅療養指導管理料(在宅自己注射指導管理料等)について、指示した根拠、指示事項又は指導内容の要点を診療録に記載していない。 - 検査
- 当該検査の必要理由・結果・治療への評価のカルテ記載に不備がある。
- 必要性の乏しい検査を実施している。
【例】 血液像、尿沈渣、CRP、腫瘍マーカー、細胞診、培養、感受性検査等。 - 検査に必要な段階を踏んでいない。類似している検査と重複とみなされる。診療の必要以上に実施回数が多い。
【例】 血液像、尿沈渣、CRP、腫瘍マーカー、細胞診、培養、感受性検査等。 - 呼吸心拍監視について、観察した心電曲線、心拍数の観察結果の要点を診療録に記載していない。
- 経皮的動脈血酸素飽和度測定について、必要に応じた対象(酸素吸入施行など)以外に対して算定している。
- 認知機能検査、その他の心理検査について分析結果を診療録に記載していない。
- 画像診断・病理診断
- 単純撮影の写真診断について、診断内容を診療録に記載していない。
- 地方厚生(支)局長に届け出た、専ら画像診断を担当する常勤の医師以外の医師が読影したものについて、画像診断管理加算(1・2)を算定している。
- 病理診断管理加算(1・2)について、病理診断を専ら担当する常勤の医師以外の医師が病理診断を行っている。
- 病理判断料について、病理学的検査の結果に基づく病理判断の要点を診療録に記載していない。
- 投薬・注射、薬剤料等
- 適応外、用法外、重複投与を行っている。
- ビタミン製剤について、投与の必要性を診療録及び診療報酬明細書に記載していない。
- 外来化学療法加算(1・2)について、抗悪性腫瘍剤等による注射の必要性等について、文書で説明し同意を得て投与を行ったことが確認できない。
- 精神科専門療法
通院・在宅精神療法について、当該診療に要した時間を診療録に記載していない。 - 薬剤部門関連
- 薬剤管理指導料
・薬剤管理指導記録に患者への指導事項を記載していない。
・麻酔管理指導加算について、麻酔に係る患者への指導事項を記載していない。 - 薬剤情報提供料
処方の内容の変更が処方日数のみであるにもかかわらず、月2回以上算定している。 - 退院時薬剤情報管理指導料
指導した内容の要点を診療録若しくは薬剤管理指導記録に記載していない。
- 薬剤管理指導料
- 管理・請求事務関連
- 一部負担金の徴収を行っていない。
- 診療報酬明細書の摘要欄に必要事項の記載漏れや誤りがある
【例】PSAは検査値等、C-PAPは無呼吸低呼吸数などの記載要領の不備 - 観血的動脈圧測定の回路からの血液採取を動脈血採取として算定している。
- 実際に使用した量を上回る量で薬剤を算定している。
- 24時間以上体内に留置してない膀胱留置用ディスポーザブルカテーテル等を算定している。
- 先進医療の取り扱いについて、説明と同意の実施が不適切である。(文書による同意を取得していない)
- 掲示・届出関連
- 施設基準に関する事項の掲示が誤っている。
- 明細書の発行状況に関する事項の掲示について、一部負担金等の支払いがない患者に関する記載がない。
- 届出事項の変更が速やかに行われていない。
(保険医の異動、施設基準届出の従事者、等)
3 最近行われた個別指導での主な指摘事項(実例)
- 診療録
記載が不十分、保険病名が散見される、医師自らが病名を決めていない - レセプト
診療録との病名不一致、病名の整理不足、ICD-10に沿っていない - 基本診療料
初再診の算定が不適切(特にアレルギー疾患や慢性疾患について)、健診や予防接種と同日の場合の取扱い - 外来管理加算
不適切な算定。
【例】処置を行っているにもかかわらず、処置料を算定せず、外来管理加算を算定している。 - 書類
入院やリハビリなどに関する計画書などの記載不備 - 医学管理料
不適切な算定(特に算定要件に定められた診療録への記載不備) - 診療情報提供料・薬剤情報提供料
記載不備、算定要件を満たしていない - 在宅・往診
在宅診療計画書や診療録記載の不備、算定条件を満たさない往診 - 検査
画一的な検査、検査の必要性や結果・評価が診療録に記載されていない - 画像検査
必要性や結果・評価が診療録に記載されていない - 内視鏡検査
使用薬剤量が不適切(画一的)、フィルム算定の過誤 - 投薬
適切な病名漏れや診療録に必要性が記載されていない(特にビタミン剤や抗生剤)、用法用量・投与期間や条件などが守られていない(特にPPIやアコファイドなど) - 処置
創傷処置の部位や範囲の記載漏れ
令和2 年度は新型コロナ感染症の関係で通常とは異なるため、令和元年データを記載いたします。
区分 | 区分個別指 | 新規個別指導 | 集団的個別指導 | 適時調査 | 監査 |
---|---|---|---|---|---|
保険医療機関等 | 1,639件 | 2,199件 | 4,443件 | 3,519件 | 18件 |
保険医等 | 9,601人 | 2,476人 | - | - | 63人 |
区分 | 指定(登録)取消 | 指定(登録)取消相当 | 合計 |
---|---|---|---|
保険医療機関等 | 4件 | 3件 | 7件 |
保険医等 | 6人 | 0人 | 6人 |
指導による返還分 | 適時調査による返還分 | 監査による返還分 | 返還合計金額 |
---|---|---|---|
34億2498万円 | 50億4652万円 | 24億0205万円 | 108億7355万円 |
(厚生労働省データ)
VI 指導・監査の流れ
新規個別指導及び個別指導は、概ね以下の手順で行われます。(令和4年1月現在)
- 指導1か月前に該当医療機関に指導の実施について通知されます。
通知の内容は、実施日、実施時間、指導に用意する資料が示されます。
新規個別指導は10名分の患者資料、個別指導は30名分の患者資料となります。 - 指導当日は、10程度の医療機関が指導を受ける事になります。
- 指導は、保険指導医1名ないし2名、書記として事務職員1名ないし2名、医師会員に対する指導の場合は、公平性を図るため関連医師会の医師が立合います。
医療機関からは、開設者及び管理者とし、その他従事者が出席する場合であっても、最大で3名以内であり、管理者(院長先生)は必ず出席いただく事になります。 - 指導員から診療報酬等の内容について質問等が行われ、結果に基づき指導等が行われますが、指導する内容に問題がある場合や、新たな資料により指導が必要となる場合は、一旦中断して改めて指導が実施されます。
- 新規個別指導は概ね1時間程度、個別指導は概ね2時間程度実施されます。