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元気がいいね

interview 私の元気

高い理想はそのままに工夫をする。
東京五輪が目標です。

山本 博さん

アーチェリー五輪メダリストの山本博さん。大学教授や公職を兼ねながら54歳のいまも現役選手として弓を引き続けています。そのエネルギーの源は、強い信念と柔らかな思考法にあるようでした。

『体調管理の方法は、まず睡眠をしっかりとることですね』

山本 博さん

ドーピングへの注意から薬も気軽には飲めない競技者には、充分かつ快適な眠りはなによりも大切です。寝具にも気を使い、海外にも枕を持参します。さらに、免疫力が下がらないよう、気温に合わせて服装をこまめに変え体温を維持します。

『これを面倒くさがらないこと。体調は常に整えておかなければなりません』

山本さんが長く競技を続けられるのは、頑固な自分と柔軟な自分が同居しているからと自己分析しています。

『アーチェリーにはルールとしては満点がありますが、まだ誰も記録していない。つまり無限大の目標です。僕もこの理想は絶対に変えません』

ただ、年齢を重ねるとそれまでの方法では筋力を保てないことも。

『ならば、自分に合った新しいやり方を見つける。そのためには、思い込みなくアイデアを出し続けます。だから、僕の一番いい時期は”いま”です。五輪でメダルをとったときでもない。その後も工夫の連続でした』

ものが豊かな時代に育った人たちは、この創意をなくしたと山本さんは感じます。そこで、学生への指導ではヒントを6割程度しか与えません。

『残りは自ら気づいてほしいんです』

山本さんは、111団体が加盟する東京都体育協会の会長でもあります。しかし、現役のメダリストが会長職を務めるのは初とのこと。

『お話があったときは自分の役目ではないと思いました。でも、スポーツや体育のことならば僕にしか言えないことがあると考え直しました』

古い習慣を改め、運動が健康にどう利するのか問いかける。東京から何かを起こせるかもしれないと考えています。

もうひとつ、障害者スポーツの振興も山本さんのテーマです。アーチェリーは障害者と関係が深く、パラリンピックの起源とされる競技大会の種目は車椅子アーチェリーでした。五輪にも1984年ロサンゼルス大会にニュージーランドの車椅子女子選手が健常者とともに初めて出場しました。

『パラリンピックは環境がとてもよくなった。ただ、聴覚障害のデフリンピックや知的障害のスペシャルオリンピックスなど、援助が必要な大会はまだあることを知ってほしいと思います』

山本さんは昨春、筋肉が断裂していた右肩を手術しました。決断を後押ししたのは、2020年東京五輪です。

『指導者として五輪選手を育て、競技者としてもまず日本代表メンバーに入ることを目指します。目標は手術前の自分ではなく、最高の自分です』

東京都体育協会会長としては、東京ゆかりの選手の五輪出場に向けた環境整備が役割になります。

『それ以上に、五輪後の東京でスポーツや健康を考える文化を保ちたい。それが一番のレガシーになる。僕はそう思っています』

山本 博(やまもと ひろし)

1962年神奈川県横浜市生まれ。日本体育大学教授。東京都体育協会会長。中学1年生からアーチェリーを始め、3年生で全日本アーチェリー選手権大会出場。高校時代にインターハイ3連覇。日本体育大学で学生選手権4連覇。在学中の1984年ロサンゼルス五輪銅メダル。その後、国内外の大会で活躍しソウル、バルセロナ、アトランタ各五輪の日本代表。2004年アテネ五輪で20年ぶりに銀メダル獲得。現在も後進を指導しながら現役選手として活躍する。15年弘前大学大学院医学研究科修了、アーチェリー選手の試合後筋疲労と免疫機能に及ぼす影響に関する研究で学位取得(医学博士)。

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