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元気がいいね

interview 私の元気

人生はいろいろ。多様性や共生という
考え方に気づくことが大切。

河合 純一さん

日本身体障がい者水泳連盟会長の河合純一さん。パラリンピック水泳競技の視覚障害部門で通算21個のメダルを獲得した日本を代表するパラリンピアンの一人です。スポーツを足掛かりに人々が理解しあえる社会のあり方を見つめる日々が続いています。

何かを行動に移すときは、最高の結果と最低の結果の両方をイメージする。精神を平穏に保つために河合さんが心がけている方法です。

河合 純一さん

『心の強さとはしなやかさだと思います。大木のように、風が吹けば揺れるが根はしっかりと張っている。だからこそ、次に向かうこともできる』

全盲者として日本初の公立中学校教諭となり、多くの生徒と向かい合った河合さんは、いじめに走る子たちの特徴も感じとってきました。

『自分に対するコンプレックスがあるけれどそれを認めることができず、自分を守りたいがゆえに他人を攻撃してしまっているように思いました』

自らの弱さも含めてあらゆることを受け入れる。それが優しさであり強さなのではないか。人生にはいろいろなことが起こるし、いろいろな人たちがいる。

『その多様性や共生という考え方に気づくことが大切なのだと思います』

いま河合さんは、日本スポーツ振興センタースポーツ開発事業推進部企画推進課の主任専門職として、パラリンピックでメダル獲得が期待される競技の支援に取り組んでいます。目標はもちろん、日本選手団の活躍です。ただ、思いはそれだけではありません。

『たとえば、東京大会に参加する海外の選手たちに、来てよかったと感じてもらえるよう最高の準備をしたい』

では、選手へのなによりの"おもてなし"とは何か。それは満員の会場に響く大声援です。

『したがって、興味のある人たちにも、そうでない人たちにも観戦に訪れてもらえるよう働きかけを強めていくこと。それが課題です』

さらに、誰もがスポーツを楽しめる環境が整ってこそ東京大会の成功はあると河合さんは考えます。パラリンピックへの理解は最近大きく進みました。しかし、障害者だという理由でスポーツ施設を使用できないなどの現実もまだあります。

『大会の後に何を残そうとするのか。これからの数年間、周囲の納得を得ながら一緒に取り組んでいくことが大切になります』

河合さん自身、車椅子を使う人たちの気持ちを正確にはわからないといいます。しかし、段差があれば大変だと気づくことはできるはずです。

『ささやかな感性や想像力が、障害のあるなしに関わらず誰もが暮らしやすい社会につながる。東京がそのモデルとなることこそ、目指すべき方向ではないでしょうか』

中学時代にわずかに残っていた視力を失ったのちも、河合さんは続けていた水泳を止めようとは思いませんでした。浮力に包み込まれる独特な感覚、水着1枚で誰もが楽しめ、人と人を繋ぐツールにもなる。

『水泳を通じてたくさんの人と出会い、チャンスをいただいた。これからは多くの人が夢や希望を感じられるよう、その経験を還元していきたいですね』

河合 純一(かわい じゅんいち)

1975年静岡県生まれ。一般社団法人日本身体障がい者水泳連盟会長。先天性ブドウ膜欠損症のため左目視力がなく15歳で右目視力も喪失。5歳から水泳を始め、中学時代に教育者を志す。90年国立筑波大学附属盲学校高等部入学、点字と白杖の習得に苦労しつつ水泳部で活動。92年バルセロナ大会以降、6大会連続パラリンピック出場。98年早稲田大学教育学部卒業、浜名郡舞阪町立舞阪中学校社会科教諭。2005年同大学大学院教育学研究科修了。日本スポーツ振興センター国立スポーツ科学センター専任研究員、同スポーツ開発事業推進部企画推進課主任専門職、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員会副委員長ほか。

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